京焼・清水焼

 

京都の代表的な伝統工芸品の一つ「京焼・清水焼」。

「京焼」は、茶の湯の流行を背景に、江戸時代初期頃から東山山麓地域を中心に広がった焼き物のこと。

対して「清水焼」は、清水寺の参道である五条坂で作られていた焼き物でした。

現在は、京都で焼かれる焼き物全般を「京焼・清水焼」と呼んでいます。

「京焼・清水焼」には、特定の様式・技法があるわけではなく、全ての技法が融合されています。

その背景には、都のあった京都が、日本中から選りすぐりの材料と職人が集う街であったという恵まれた環境と、

その文化を後援する寺社仏閣、皇族、貴族などの存在があったことがあげられます。

 

 

 

京都のやきものの起源は、5世紀前半の雄略天皇の御器、

7世紀初期の洛北岩倉・上賀茂で焼かれた祭器や 屋根瓦、

8世紀前半の清閑寺の土器などにみられ、このよう な古墳時代から奈良時代・平安時代にかけての

土器跡や 須恵器窯跡の存在は明らかですが、その後の「京焼」の 出現には長い年月を待たねばなりません。

 

 

 

 

仁清・乾山の出現とともに黄金期を迎えた「京焼」は、その後も 奥田頴川・青木木米・仁阿弥道八・永楽保全・和全・清水六兵衛など それぞれ独自の個性をもった名工たちを輩出します。

 

18世紀後半(1781-89)頃、奥田頴川により「京焼」にはじめて 磁器の技術が導入され、 粟田口・五条・清水の各窯でも磁器の制作が始まります

なかでも清水寺の領内にあった「清水焼」はその庇護のもと、 より洗練された磁器製作を続け、明治・大正期には国内だけに とどまらず、 海外までもその名を知られるほどとなり、 その製作地域は粟田、清水から日吉、泉涌寺地区まで 広がりをみせました。

 

現在でも手作り手描の高度な技術と多品種少量生産を特色 とする「京焼・清水焼」は、日本の陶磁器界で 高品質・高級品としての確固たる地位を築き、 先人たちの活躍に加え、その伝統はさらに 新たな意匠を目指す名工たちに受継がれています。

 

それが今 京都の伝統と新しい感性の融合を身近に感じて欲しい、、、、という

きんとと家 山田の想いを春田一陶先生、竹本知生氏の協力を得て

 

 

「清水焼ゴルフマーカー」という世の中になかった品物を生み出しました。

 

京都の和・美・粋を感じながらグリーンの上で粋に格好よくお使い下されば幸いです。